ロータリーの誕生とその成長

 20世紀初頭のシカゴの街は、著しい社会経済の発展の陰で、商業道徳の欠如が目につくようになっていました。ちょうどその頃、ここに事務所を構えていた青年弁護士 ポール・ハリス はこの風潮に堪えかね、友人3人と語らって、お互いに信頼のできる公正な取引をし、仕事上の付き合いがそのまま親友関係にまで発展するような仲間を増やしたい、という趣旨でロータリークラブという会合を考えました。

 ロータリーとは、集会を各自の事務所持ち回りで順番に開くことから名付けられたものです。こうして 1905年 2月 23日にシカゴロータリークラブが誕生しました。

 それからは志を同じくするクラブが、つぎつぎ各地に生まれ、国境を越えて、今では 200以上の国と地域に広がり、クラブ数35, 930、会員数1,224, 128人(2019年4月11日 RI公式発表)に達しています。そして、これら世界中のクラブの連合体を国際ロータリーと称します。

 このように、歴史的に見ても、ロータリーとは職業倫理を重んずる実業人、専門職業人の集まりなのです。その組織が地球の隅々にまで拡大するにつれて、ロータリーは世界に目を開いて、幅広い奉仕活動を求められるようになり、現在は多方面にわたって多大の貢献をしています。

日本のロータリー

 我が国最初のロータリークラブは、1920(大正9)年10月20日に創立された東京ロータリークラブで、翌1921年4月1日に、世界で855番目のクラブとして、国際ロータリーに加盟が承認されました。

 日本でのロータリークラブ設立については、ポール・ハリスの片腕としてロータリーの組織をつくり、海外拡大に情熱的に取り組んだ初代事務総長チェスリー・ペリーと、創立の準備に奔走した米山梅吉、福島喜三次などの先達の功を忘れることができません。

 その後、日本のロータリーは第2次世界大戦の波に洗われて、1940年国際ロータリーから脱退します。戦後 1949年3月になって、再び復帰加盟しますが、この時、復帰に尽力してくれたのが国際ロータリーの第3代事務総長ジョージ・ミーンズでした。その後の日本におけるロータリーの拡大発展は目覚しいものがあります

 ロータリー財団への貢献も抜群で、今や国際ロータリーにおける日本の地位は不動のものになりました。現在、日本全体でクラブ数は2,261、会員数88, 912人(2019年3月末現在)となっています。